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        少女仮面とは・・・・
 
「少女仮面」は唐十郎が初めて、自らの劇団状況劇場以外の劇団(鈴木忠志が主宰する早稲田小劇場、現在のスコット)のために書き下ろした作品で、1969年に上演された。
この作品で岸田戯曲賞を受賞した。
状況劇場による上演は2年後の1971年東京渋谷の西武駐車場で行われた。

この作品は「春日野八千代」を自称する女が経営する地下の喫茶店「肉体」で展開される。
この劇は俳優の肉体論、つまり演技論で、唐十郎のいう「自らの肉体にゆきはぐれたもの」たちの物語である。
中高年たちのゆきはぐれた肉体をご覧あれ。
 
          (扇田昭彦氏の文章から引用)

2021年6月10/11/12
「少女仮面」

​たくさんのご来場ありがとうございました!

記念写真_210611_5.jpg

思い出すこと…『少女仮面』演出に際して

制作より

 『少女仮面』の作者唐十郎さんには3度会ったことがある。

 

 1度目は、新宿大久保のロケット工場でのことである。状況劇場が『糸姫』を上演していた。高田馬場に住んでいた私は、公演を観るため場所の下見に行った。開演にはまだ早い時間で、会場前の広場はがらんとしていた。その一隅にドラム缶があり、唐さんは何かを燃やしていた。炎で揺らぐ陽炎の向こうに横顔が見えた。近づいて煙草を吸っていたら「一本くれませんか」と言う。差し出し、くわえていた煙草をとって火もつけた。一言二言話をしたが、何を話したのかは覚えていない。思ったより小柄な人だった。

 

 2度目は『ねじの回転』を新潟で公演した時。蒲原神社の近くにあった「ゐ座」という劇団の稽古場で、打ち上げをやった夜である。鰤を一本もっていって、刺身に捌いて出した。なぜそうなったのか分からない。ゐ座の座長と親しくしていたので、彼女に頼まれたのかもしれない。自分から頼んで持ちこんだのかもしれない。「これは何という魚ですか。うまいですねえ」「あなたは何でこんなに上手に切れるんですか」と感心された。芝居の話もしたはずなのに内容は忘れた。「これは鰤です」から始まって、釣りの話で盛り上がったことだけは覚えている。優しい声で話す人だった。

 

  3度目は夢の中である。唐さんと麻雀をしていた。他にメンツは、グロトフスキ(ポーランドの演出家)と伊藤俊輔、後の博文である。日記を見ると1994年1月11日に見た夢だと分かる。それにしても恐るべきメンツである。グロトフスキの『実験演劇論-持たざる演劇めざして』と「明治もの」に熱中していた時期だったからだろう。夢の中は雪の降る新潟の実家で、電気ごたつを囲んでいた。グロトフスキと演劇論を戦わせていた唐さんが「俊輔、ロン。三九」と言いながら牌を倒した。逆転トップなのに少しも嬉しそうでない。ほとんど興奮しない人だった。少なくともそんなふうに見えた。

 

 最初の出会いは、私が21歳の時、東京で。2度目は31歳、新潟。3度目が40歳、ニューヨークでのことだった。

 

 それからもう20数年経ってしまった。演劇とも離れて久しい。唐さんの『少女仮面』を演出することになろうとは思いもしなかった。その上演も見ていないし、戯曲を読んだのも多分40年も前のことだろう。演出を頼まれ、まず3度の出会いを思い出した。そして、熱中して観た状況劇場の芝居を。「俺が観たかったのはこれなんだ」と心の底から思ったことを。今でも数々のシーンが蘇ってくる。

 

  唐十郎はメリー・ホプキンの『悲しき天使を』かけっぱなしにして、3日で『少女仮面を』書き上げたという。ノスタルジックで切ないメロディーに魅かれたのだろうか。それとも他の理由があったのだろうか。たとえば歌詞。「友よ、私たちは年老いた。けれど、その分賢くなったわけじゃない。あの夢はまだ胸に残っているのだから」といった歌詞にだろうか。

 思いどおりに生きてきたはずなのに、本当は何かに操られていた自分。望んで被った仮面なのに、いつの間にかはずせなくなっていた。だれにも覚えがあるはずだ。戯曲が書かれて50年経つ。だが、テーマは古びていない。春日野の夢と絶望をとおして、それが描けたらと思う。

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                                                   2021年3月  禾東出水

私が21~22歳の頃、東京で初めて演劇を見た。

それが状況劇場のテント芝居「風の又三郎」だった。
当時精神的にとても落ち込んでいたときであった。

しかし、この芝居を見て大きな衝撃と感動を受け生きる力を得た。
役者の存在に圧倒された。
その時の感動から50年近く経った今でも胸に熱く焼き付いている。
私は確信している。
アートが持っている生きる力を。
今回は人生の主役から徐々に退いていく中高年や障害者を対象に役者を募集し、表現する楽しさを分かち合いたい。

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​                                    制作 早津博美

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